B 214 後ろから撃たれる

1990年2月17日(日)

朝から小雨で寒い。午後に演習地であるCaylus(ケイルス、フランス南西部)へ出発するので午前中はまぁまぁゆっくりとしていた。僕らはいつも通りのトラックではなくバスに乗り出発。

以前来た時のように演習場の基地の中に泊まるのだと思っていたら基地の外れであった。一応建物の中に泊まる事ができるので少し安心したが、電気が通っていないので酷い事になりそうだ・・・。

 

1990年2月18日(月)

一日中射撃。

 

1990年2月19日(火)

市街戦の訓練で訓練用の市街地へ向かう。

 

1990年2月20日(水)

午前中は昨日同様に市街戦の訓練。そのあとは射撃。午後は武器手入れ。射撃の時に、兵士たちは標的まで200メートルぐらい駆けて行き結果を見るのだけれど、その時いきなりモンパ軍曹が兵士たちの背中へ向けてFA-MASを撃ち出した。モンパ軍曹は「空砲」が入っている弾倉と付け替えたのだった。けれども撃たれているはずの兵士たちはそんな事は知る由もない!皆んなバラバラに走りだして可笑しかった。中尉はニヤけているだけで何も言わなかった。

 

1990年2月21日(木)

CTE00と呼ばれる歩兵の基礎(全ての外人部隊兵はこの資格を取らなければならない。フランス軍では01は騎兵科、03が通信、04が工兵科と言ったように数字で分けられている)の試験官をやった。相棒は第2外人落下傘連隊から来ているリコ伍長と一緒だった。試験内容はNBCについてだった。個人的には当時NBCは得意分野では無かったけれど、新兵訓練の試験なのでなんとかなった。

 

1990年2月22日(金)

小隊で戦闘射撃。僕はこの時、ライフフル・グレネードの発射地点担当だった。どの兵士だったか忘れたけれど、僕の発射指示に従い、銃の角度、射距離を伝え、300メートル先の人型標的を直撃するのではと言うくらい近くに落ちたので、中隊副官の大尉が両手をあげて喜んでいるのが見えた。その後に小隊長の中尉から褒められた。これは自分でもなかなかよく射撃指揮が出来たと思ったし、射撃した兵士が一番良くやったと思う。

 

夜21時になって小隊はRAID Marche(長距離行軍)へ出発した・・・。

 

 

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