B 245 部下の教育

    フランス外人部隊は普通の軍隊組織である。その兵士たちのレベルを維持するために教育者が必要だ。一個小隊には兵科によるけれども、2つから多い連隊になると、1個小隊の中に3個分隊や4個小分隊というところもあったかも知れない。その分隊を率いるのは下士官である軍曹だ。軍曹はなんでも知っていないといけない。戦闘訓練から、武器の諸元、使用法、分解・組み立て、射撃姿勢、弾薬の種類など多岐にわたる。運動も行う。たとえバレーボールで「Deux mains Gauche ???(笑)」(両腕左か???)とボールがあさっての方向の飛んで行っても問題はない。
    小隊での駆け足では普通小隊長が先頭に走るけれども、時には分隊単位で軍曹が先頭の時もある。そんな時、軍曹が走るコースを決め、大事なのは走る時のスピードだ。速すぎず遅すぎずというやつである。遅いやつに合わせるけれど、そいつがきつそうに走っていれば大体いいスピードだ。慣れてくればそいつのスピードも上がっている筈だ。僕は駆け足は得意な方ではなかったけれど、「軍曹」という肩書きが先頭にたって走らせたのではないかと思っている。部隊兵の前で屁ばったり出来ない!たとえ3年の勤務歴しかなくても今はもう下士官なのだから。下士官になったプライドというやつか???
   
    下士官用のマニュアルというものがある。TTA150というもので、軍規から武器、戦闘、衛生など多岐にわたるすべての下士官が知らなければならない事が書いてある。数冊に分かれていて、厚さは10センチぐらいあったか???大体それを元に授業をすればな違いはなかったが全部フランス語である。まずそれを理解しなければ使えない。まだフランス語があやふやな僕にとっては辞書を引きながら解読に明け暮れた思い出がある。それらのことは下士官訓練で習った。当時はTTA150一式300フラン(6000円ちょっと)ぐらいだったかな???下士官訓練中ほとんどの下士官訓練生は酒保のバザーに行って購入していたが僕もその一人だった。
    下士官訓練で特に力を入れていたのは、「授業」の仕方であった。まず「気をつけ!」と思いっきりかける。そうすることによって生徒の注意をこちらに集める。そして本日の授業内容を伝えてから「休め!」なり「席につけ!」と言う。これは現在の仕事でも使っているやり方で、アフリカ連合の兵士たちにも通用する。今まで民間人に「気をつけ!」をかけられた事など無いし、まず最初は驚きでいっぱいである。それからクラスを見回す。全員の「眼」を見て「bonjour!」(ボンジュール!)と挨拶をする。そして昨日の授業内容について質問する。たまに兵士たちの服装についてだとか、何か変わった出来事について冗談を言って笑いをとる。これは重要な事であった。このKAWAと言うインストラクターは面白いやつだ!と思わせたらこっちのものだ。授業の話を聞いてくれる。僕は膝が悪いので満足な姿勢なり、デモンストレーションでうまい姿勢などが出来ない時は、目の前の兵士を呼んで代わりに姿勢を取らせて「ここがよく出来ている。ここの部分はこうした方が良い。」などと授業に参加させる。行った国で一人だけ笑わない兵士がいたけれど、僕はたまにそいつの真似をするようになった。2、3日もするとそいつは笑うようになった。僕はそのほかにもペーパーボードを使って授業を行うのだが、みんな書くのは嫌いで、渡したペンやノートをあまり使っている様子はなかった。その代わり、携帯電話でペーパーボードに書いてある事を写真に撮るのであった。この国だけでなく他の国でも同じであった。なので、授業の後半では時間をとって写真に撮らせた。馬鹿にすることなかれ!その撮った写真を見て復習している兵士の数の多いこと!翌日の講義前の質問の時間、ちゃんと「復習」して来ているではないか!暇な時に携帯電話の授業で撮った写真を見ているらしい。これは驚きであった。大体どこの国でもそうであった。
    表(屋外)での授業の時は生徒たちを太陽は見えなくさせると言うのも下士官訓練で習った事のひとつだ。眩しくないようにである。その代わり僕は太陽に向かって立つのだ。これは生徒たちが眩しくて授業に集中できないのを防ぐためだ。インストラクターは日陰がない場合の事を考えて常に太陽の位置を気にしている。彼らにペーパーボードをよく見られるよう配慮する。後ろの兵士でもよく見られるようペーパーボードの文字は大きめに書く。デッサンも大きめに書く。僕はペーパーボードの紙を何枚も使って兵士たちが見やすいように苦労した。でもうまくやったと思っている。他の同僚を見ると、やたら文字ばかりとか、アフリカ人の兵士のことをあまり考えていないようであった。その点同僚のルイジは昔正規軍にいた時下士官であったので、僕と考えが一緒で仕事しやすかった。

    この授業のやり方はボスも知っていて気に入っていた。僕の会社はアメリカの会社で、アフリカの紛争地に送るためにいる「平和維持軍」にあたっている国の軍を、紛争地派遣前に訓練し直すと言う仕事をしている。僕は元フランス外人部隊にいて下士官であったし、仕事場は主にアフリカのフランス語圏である。会社にはアメリカ人もいるけれど、彼らの授業には通訳が必要で、そのために僕らのような元フランス軍にいた兵士が役に立つと言うわけだ。現在膝の治療中だけども、早く仕事に戻りたいものだ。

                         読んでくれた人、ありがとう