B057 1989年5月15日(月)ネクタイの色

今日は食堂の雑用だった。昼ごろ気が付いたのだが今日は何かの祝日らしかった。何か雑用のリズムがのんびりなのだ。責任者の上級伍長も今日はあまり煩くない。休日日程の時の夕食は小さめのビニールに入った缶詰やチップスの配食なので雑用は3時ごろに終わった。

夕方、休日日程なのにロサ・ファテラ上級軍曹がいて、フランス軍内における外人部隊の位置について話を聞いた。なんでロサ・ファテラ上級軍曹がいたかというと、彼は連隊当直下士官だからだった。なので営門そばの僕等第3中隊が当直室から近いというのもあって比較的暇な時間を使って小隊の様子を見に来たのであった。そのついでの授業らしかった。

外人部隊はフランス軍の中で何か特別な部隊と思うかもしれないが、編成、装備などは普通の正規軍と同じである。この頃はフランスでは徴兵制がまだありそれは別の話だけれど、編成、装備などは正規軍の志願者だけの連隊とほとんど変わりが無い。ただ、ネクタイとベレーが緑色ということが正規軍と外人部隊の違いを表している。ネクタイはその昔に「勤労青年」たちの制服用にあった大量の緑色のネクタイのストックがどこも引き取り手が無いという事で外人部隊に供与された。ベレーの色はそこから来ているらしいという事だ。

新しい隊歌も習った。それはいいのだが今度はドイツ語の歌詞だった。第二次世界大戦直後のインドシナ戦争で、戦犯になるのを恐れたドイツ人が大量に外人部隊へ入隊して来て、そのせいで旧ドイツ軍の歌が増えたのでは無いかという話だ。隊歌にはドイツ語の歌詞の歌が沢山ある。今度はドイツ語の歌詞を覚えなくてはならない。それも外人部隊だった。歌詞は外人部隊に合うように変えられている。

夕食後は洗濯などをして過ごした。

1989年5月16日(火)グリースガン

午前中は中隊の補給庫の手伝いをした。ここでもやっぱり責任者は上級伍長で、備品を動かして掃除をさせられた。それらの整理をしたりして、特に文句などなく平和に作業は進んだ。

午後は中隊に何台かあるトラックにグリースを食わせるのを手伝った。作業の中心、黒ケピの上級伍長は背が高く見事なビールっ腹で声がデカいのだが意外と優しくてポルシャスなどがタバコをせがむと一本くれてやったりしていた。小隊の中で訓練開始前の運転の試験にはリスター、ポルシャス、ドイツ人のドレイヤー3人が受かって彼らが主に作業をした。僕と何人かは、トラックの下で作業している3人のグリースポンプのグリスが無くなったらそれを補充する役目だった。その時初めて間近でグリースポンプを見た。第二次世界大戦で米軍が使っているサブマシンガンの名前で「グリース・ガン」というのがあるのだが、その名前の由来はその銃の形がグリースポンプに似ているからだというのは知っていた。グリースポンプを今間近に見て「あぁ!なるほどな!」と思った記憶がある。

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