連隊に戻ると、伍長達の締め付けも緩くなった。一応正式の外人部隊兵になったからだ。ただし少しでも気を緩めるとすぐにルアール伍長の「à position !」(姿勢をとれ!)が掛かるので緊張感は維持しなければならなかった。
起床後の点呼、洗面、集合も皆速く出来るようになり生活のリズムにも慣れてきたので気持ちに余裕が出てきたのはこの頃だった。
給料の貰い方も習った。ここでは全て現金であった。当時のやり方は先ず連隊の会計係の窓口の所に行き身分証を提示する。目の前で数えられた紙幣と小銭を確認してサインする。小銭はすぐポケットへ入れる。そして紙幣はケピの中へ入れて落ちないようにすぐ被って出口へ向かうというものだった。今はちゃんと口座を開設されてそれに振り込まれるようになったらしいが当時は現金であった。建物を出ると中尉が待っていて身分証と紙幣は全て中尉に渡す事になっていた。ロサ・ファテラ上級軍曹の持っているリストに照らし合わせて、野外訓練の時に申告して受け取ったタバコやMarsのチョコ、それにコーラなどの飲み物の分を先ず引かれる。ペンやノート代も引かれた。なので残りはたいした額が残らないと知ったのは数年後軍曹として配属になった時であった。この「紙幣をケピに入れる」というのは後に配属になった一般の連隊でも同じで、その時は中隊長からだった。酒保の一室で、階級氏名、勤続年数を申告して前へ進み身分証を傍の会計係に提示して、中隊長がその会計係から受け取った紙幣や小銭を数える。確認してサインをしたらあとは小銭をポケットに入れ、紙幣はケピの中。紙幣を落とさないように急いでケピを被り出口へ向かう。部屋の中には実弾入りのFA-MASを持った「Police-Militaire」(ポリス・ミリテール=憲兵)が目を光らせていた。その日は酒保も朝から開いているので、給料をもらったその足ですぐに売店へ行き必要な物を買う事が出来た。だがここ第4外人連隊の新兵にはそのような事は無い。
ある日の週末、土曜日であった。夕食後、いつも通り廊下に整列すると、ルアール伍長はニヤニヤしている。僕らは急に不安になる。ルアール伍長が口を開く。なんと!酒保に行く許可が出たのでこれから酒保に行くという。廊下中歓声が上がった!一旦解散して各自なけなしの小銭を準備してまた廊下に整列した。マクナマラ伍長も廊下の端でニヤニヤしている。
酒保に行くと一般の部隊兵や他の中隊の新兵たちが沢山いた。僕はまず酒保の奥にある日用品など売っている所へ行き日記用のノートとペンを買った。そして皆んなのいるバーのカウンターへ向かった。今日はビールを飲んでもいいという事だったので、ビール2本とマルボロ一箱、Marsも買った。ビールはフランスの「Kronenbourg」(クローネンブルグ)が主流であった。1ビン250mlで2フラン50サンチーム(約51円)、コーラやオランジーナと同じ値段だった。そしてビトウさんと乾杯した。他の連中もよほど嬉しかったのか近づいて来て乾杯した。
この時は知らなかったのだが、「外人部隊」はこのクローネンブルグの株主で、どこの連隊に行ってもクローネンブルグが置いてある。海外の連隊でもだ。普通1ケースと言えば24本であるが、クローネンブルグは角の取れた四角形の赤いボール紙の箱に入っていて26本入りという、他のビールの箱に比べてちょっと変わっていた。ハイネケンは24本入りでちゃんと長方形の箱であった。通称「Kro」と呼ばれるクローネンブルグは、味が薄いので「牛のションベン」と皆から言われていた。
それから「ビール」を常温で飲むという事も覚えた。日本では「ビール」は常に冷えている物というイメージがあるけれどここではそうでは無いらしい。みんな普通に飲んでいる。瓶でも売っているしサーバーからの冷えたのも飲む事が出来る。サーバーで出してくれる冷えたビールはフランスではカフェでもどこでも「Pression」(プレッション)と言う。値段はコーラと変わらない。2フラン50であった。
大体カウンターにいるバーマンは上級伍長なのだが、そのカウンターの裏側は何ケースものクローネンブルグとそのクローネンブルグのプレッション用の樽でいっぱいなのが常だった。
読んでくれた人、ありがとう。