B021 1989年2月14日(火)  「黄色」の肩章

戦闘服になると、食堂の雑用を免除されるようになる。これはいい事だった。食事も、まず「赤い色」の肩章がテーブルに着く。そのあとに「黄色」の肩章、そして運動着という順番だ。食事の後は、宿舎の裏庭でぶらぶらした。

毎日朝と午後の集合の前には宿舎の周りを1周してのゴミ拾いがあった。これはどこの外人部隊の連隊でもやっている事だった。

太陽が出ていて日中はとても暖かかった。雑用から外されて大分楽になり、周りの事がよく見えて来る様になった。1日の日程も、ここへ来て少しは慣れたので次に何があるか分かる様になって来た。夕方に、なんと!3人目の日本人が来た!ビトウさんが先に話しかけていたので後から僕も二人の所へ行った。名前は「カワムカイ」と言った。まずここまで来た経緯をお互いに話した。彼も陸上自衛隊出身で、千葉県習志野の第1空挺団にいたという事であった。彼は自衛隊に入る前に一度「外人部隊」に志願するためにフランスまで来たが、その時は入隊出来ずに返されたと言う事であった。

僕とビトウさんは当時「ジブチ」に駐屯している「第13准旅団」に行きたいと思っていたが、カワムカイはパラシュートの経験があるので、外人部隊のエリート、コルシカ島にある第2外人落下傘連隊に行きたいと言った。

食堂の雑用はしなくても良くはなったが、他の何かしらの雑用はさせられた。部屋の埃がすごく、鼻水と咳が止まらなくなった。ベッドのマットレスを叩くと煙のような凄い埃で夜は大変だった。相変わらずシーツ無しだ。マットレスカバーは、縦の片側だけ開いていて袋状なので、マットレスには付けずに、その中に入ってその上から毛布をかけて、ホコリを吸わないように口元にタオルを当てて寝た。

「黄色」の肩章7人が集められて、以前「IQテスト」をした所に連れて行かれた。何の部署かは分からなかったがそこの軍曹と面接した。アルファベット順だったので、リスター(L)の次だった。その軍曹はまず僕に「フランス語は話せるか?」と英語で言い、僕が「No」と答えると英語で質問し始めた。「君は本当に大学へは行っていないのかね???」と3回も聞かれた。僕が怪訝な顔をしていると「IQのテストでは君が1番だったよ」と教えてくれた。そして「来週の金曜日に君はカステルノダリーの第4外人連隊に行けるはずだ。」と言ってくれた。終わって部屋を出る時にその軍曹は笑顔で「Good Luck!」と言ってくれた。僕は嬉しさがこみ上げてくるのを感じ、「Thank you Sergent !」(軍曹!ありがとうございます!)と言って部屋を出た。

皆終わって休憩室に集まって話をした。何人かは僕がテストで一番だったので握手を求めてきた。2番はポーランド人の「アンドレスチャック」だった。彼も英語を話したので結構仲が良かった。

                                          読んでくれた人、ありがとう。

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