B 253 「ストップタ○グチ」

    軍曹になって外出すると言っても、新米軍曹なのであまり知り合いはいなかった。なので、この頃は中隊にいる日本人のビトウさんとよく出かけた。と言っても、アヴィニョンにある中華レストランで食事をして飲むぐらいだった。しばらくすると、連隊に日本人が増えてきたようなので、日本人部隊兵で集まって食事会をするようになったのだが、その時いた日本人で第1中隊に「タ○グチ」と言う新兵がいた。同僚のイギール軍曹と昼飯時に下士官食堂へ向かって練兵場を歩いていた時だった。「おい、オイカワ、お前に敬礼しているやつがいるぞ???」と言うので、その方角を見た。3、40メーター脇に立ち止まってちゃんと気をつけの姿勢をとって敬礼しているやつがいる。日本人の新兵の
「タ○グチ」であった。慌てて敬礼を返す。普通すれ違う時に敬礼すればよく、そのような距離で敬礼する奴はいない。それでも「タ○グチ」は僕が敬礼し終わるまでそこを動かなかった。僕が敬礼し終わると、彼は敬礼している腕を下に降ろしてもう一度気をつけの体勢をし直してやっとその場所から離れたのであった。
    一度、「タ○グチ」がその日本人の食事会に来たことがあった。僕が一番階級が上だったので、レストランでもいい席に僕は座った。隣に席にはビトウさん、そのほか第2中隊にいたタケシタくんなどその日は5、6人いたか・・・。僕もビトウさんも酒は好きで、結構な量を飲むのだが、「タ○グチ」はそうでもない様だった。僕は酒は無理強いしないので、「タ○グチ」も自分のペースで飲んでいた。でも、一番新しい新兵なので、僕らに追い付こうとして無理にペースを上げて飲んでいる様に見えた。
    食事は久々のアジア料理で美味しく(ベトナム料理のレストラン)、ワイワイ日本語の会話で楽しかった。ワインも5、6本飲んだかな???そろそろ帰るか???となり会計を済ませると、タクシーを呼ぶためにアヴィニョンの駅近くの郵便局の前の公衆電話でタクシーを呼んだ。2台必要で2台のタクシーはすぐに来た。「タ○グチ」は後ろの席、僕の隣だった。いつもの運転手に「基地まで!」と告げた。タクシーは勢いよく走り出した。半分ぐらい走ったところで、いきなり日本語の発音で「ストップ、ストップ!」と「タ○グチ」が叫ぶ。僕がフランス語で運転手に「すぐに止めてくれ!」と言った。タクシーが止まるか止まらないうちに「タ○グチ」はドアを勢いよく開け「ゲロゲロ」やり出した。危ないところであった。一歩遅かったら車の中で「ゲロゲロ」であった。間一髪の差であった。
    基地に着くと、営門前で皆と別れて僕は下士官宿舎へ戻った。この日以来仲間内では「タ○グチ」のことを「ストップタ○グチ」と呼ぶ様になって、食事会がある時に危ないと言う理由で呼ばれなくなった・・・。「タ○グチ」の年齢は僕より上で、しかしフランス語はダメであった。だが、仕事ぶりはいいようで、数年後、確か上級伍長ぐらいになった様であった。

                          読んでくれた人 ありがとう

コメントを残す