B186 コンドームを狙え!

1990年7月19日(木)

今日は180発もの90ミリ砲弾の処理であった。この間は試験的な爆破処理だったのだ。90もある木箱を開けて2発入っている砲弾を500メートルほど離れた窪地へ持って行き前回同様プラスチック爆薬を使って爆破処理した。僕らは10人だったので、各自2発ずつ9回その作業をしたのだが、「こんな事ならAML(ここで使われていた偵察用の装甲車)を何台か持ってきて射撃させたらいいのに」とみんなで文句を言い合った・・・。明日も同じ作業だ。

 

1990年7月20日(金)

今日のは発煙弾ではなく「焼夷徹甲弾」だった。176発あった。しかし昨日と違い一気に60発爆破処理した。今日は砲弾運びに徹していたのでプラスチック爆薬を触らなくて良かったので、それが唯一いい事であった。昼食前には全て爆破処理作業は終わったので、レーションの食事を摂って、14時には基地に着いた。急いで部屋に戻り、シャワーを浴びてベッドに横になった。17時ごろまで寝ていた。明日はゆっくり出来るのかな???と甘いことを考えていたがそんなはずはなかった。射撃という事だった。この間の射撃でもう射撃訓練は終わりだと思っていたのでがっかりした・・・。

 

1990年7月21日(土)

朝から曇っていて少し肌寒かった。昨日同様に凸凹道を1時間ほど走って射撃場に着いた。200メートルと300メートルのところに標的を立てたのだけれど、それらに加えて軍曹達がコンドームの箱を取り出したのだ。驚いてみている僕たちに「お前らも膨らませ!」と配り始めた。何故か「岡本理研」というのが頭に浮かんだ。みんなそれぞれ膨らませると、それらを軍曹達が紐に結びつけ始めた。標的にするらしかった。それが一段落すると土嚢、10センチの厚さの木の板、厚さ5ミリほどの鉄板の3つを100メートルの所に置いた。射撃が始まった。コンドームは頭の二回りほどの大きさだったけれど、風でゆらゆら動くので、意外と当たらない。実際の戦闘も敵が動くわけで、動く物に当てるのは難しい物だと1人納得していた。たまに誰かがコンドームに当てて破裂させると歓声が起こった。

中尉が今度は自由に木の板、鉄板、土嚢を自由に撃てと命令を出したので、2、3発ずつそれぞれの標的を撃った。一通り終わると結果を全員で見に行った。木の板、鉄板は綺麗に全て貫通していて穴だらけであった。木の板は当然としても鉄板までもがこんなに簡単に弾が貫通する物なのかと驚かされた。ヘルメットなんか簡単に貫通するわけだ。しかし積み上げた土嚢だけは弾を食い止めていた。土嚢には普通にここらにあるラテライトを詰めただけだ。改めて土嚢が意外と役に立つという事を思い知らされたのであった。しかし鉄板に関しては、こんなにいとも簡単に貫通しているのを間近に見るまではあまりピンときていなかった・・・。

 

射撃地点へ戻り、小銃弾50発と攻撃用手榴弾(破片は殆ど飛ばず大きな音が出る)を2発渡された。横一列になり、まず手榴弾投擲だった。僕の隣には口うるさいプリゴット伍長がいた。彼は大失敗をする。手が滑ったのか投げ方が悪かったのか、手榴弾が僕の左前方5メートルぐらいの所に落ちたのだ!後ろの中尉が大声で「伏せろ!」と何度も怒鳴った。数秒後鈍い音がして土がパラパラと降って来た。破片が飛び散る防御用の手榴弾ではなかったからいい様なものの、みんなヒヤッとした瞬間であった・・・。その後射撃になり25発をセミ・オート、25発を3点・バーストで射撃をしてあっさり撃ち終わり帰路についた。今日はいつもの射撃訓練と違っていたので面白かった。基地に着くとプリゴット伍長は早速中尉に呼び出されていた・・・。罰として訓練用の手榴弾の色を塗り直せ!と言われたらしく、寂しそうに訓練用手榴弾の箱をベッド脇に置いて1つ1つ取り出してオレンジ色のペンキで塗っていた・・・。

 

今夜は外出だった。多分フランスに戻る前の最後の外出なはずだ。でも僕は残りの金が少なかったし留守番しようと思っていたけれど、アセンカオ伍長が「オイカワ、最後の外出だ、俺に付き合え!」と言って聞かなかったし、いつも親切にしてもらっていたので誘いを受ける事にして着替えた。小隊のバーでビールを何本か飲んでるうちに出発時間の21時になった。全員トラックに乗り出発した。みんな最後の外出という事で2時まで賑やかに飲み騒いだ。

 

 

手榴弾について。

手榴弾というと「ドカン!」といって危険な破片を撒き散らすと思っていると思うけれど、実は大きく2種類ある。

「攻撃用」と「防御用」だ。

 

「攻撃用」はでかい音はするけれど、破片はほとんど飛ばさない。こっちが突撃する時に破片で怪我をしない様になっているのだ。手榴弾を投げて、敵は危ないと思い頭を下げる。こっちは投げたと同時に突撃するのだ。

 

反対に「防御用」はだいたい半径10メートル以内なら破片で大きな怪我または死亡するものだ。こっちは敵が来たら投げて頭を下げる。敵が来たら射撃する前に投げると射撃が楽になる。

 

近年では「Fragmentation Contrôlée」(フラグメンタシオン・コントローレ)という、3メートルぐらいなら怪我を(場合によっては死亡)するけれど、それ以上の距離なら破片の危険はないといった特殊な手榴弾が出て来た。特に特殊部隊の作戦などで使われる。爆発すると破片は飛ぶけれど大した距離では無い。同時に突入するのだ。破片は1〜2ミリほどの沢山の鉄球の場合が多い。

 

プリゴット伍長がなぜ訓練用手榴弾を「オレンジ色」に塗っていたか???

世界各国の多くの西側の軍隊で使われる全ての訓練用の弾薬(模擬弾=一切火薬類などを使っていない)は全体または一部をオレンジ色に塗り、「Inerte」(空または模擬弾)と表示しなければならない決まりがある。

 

以上、簡単な説明でした。

 

読んでくれた人、ありがとう

 

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例、「B037」、「B056」など。

 

 

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