B281 海外出発

第1外人連隊というところは、フランス外人部隊の本部という事で、忙しいところだった。顔見知りが結構いたので、なかなか楽しいところでもあった。新兵訓練以来という医務室勤務のやつもいたし、外人部隊の最先任下士官もいた。僕ら海外組は日中は色々な事務所周りで1日が潰れることが多く、それも歩きで、オバーニュは坂が多くて、移動は骨が折れた・・・。

第5外人連隊は、給料は現在のフランス国内の軍曹の給料に比べて2倍半ぐらいという事で、2年の勤務が終われば、そこそこの金額が貯まる筈であった。「取らぬ狸のなんとか」はするもんじゃ無いということは知っていたので、変な計算はしないようにした。

ここの「人事・人員中隊」のクラブは地下にあって、ビールも飲めたし、サンドウィッチも食べることができて、そこを仕切っていたのは、以前第6外人工兵連隊にいた顔見知りのトルコ人のセタンという上級伍長だったので、暇な時はそこで時間を潰した・・・。外人部隊の朝食は、ボウルに入ったコーヒーなどはまぁ良いとして、食べ物は、プチ・パンとジャム、バターなど、ほとんど腹の足しにはならないので、中隊でやっている「クラブ」が繁盛する。「8時半・9時くらいにクラブ」に行けば、サンドイッチはハムだとか色々なものが売っていて、おまけに飲み物もビールなどもあり豊富なので、朝飯などは、ほとんど志願してきたほとんど民間人ばかりであった。これはどこの連隊も同じで、顔馴染みになると、ツケで支払いができるところもある。ビールにしても、外人部隊では「クローネンブルグ」の株主であるが、「クラブ」の運営資金は僕ら「兵隊」の懐から出ているので、置いてある「ビール」も「クローネンブルグ」だけではなく、ベルギー産のビールなど、結構な数の「外国産ビール」も置いていたので、ビール好きの僕としては、嬉しい限りであった・・・。最近はビールはあまり飲まなくなったけれど、そのかわり「ウイスキー」を「ペリエ(フランスでは有名な炭酸水)」で割るハイボールがお気に入りになって、そればかり飲むようになった・・・。

金曜日が来た。今夜列車でパリに向かうという事だ。緊張が高まる。8人用のコンパートメントに6人ぐらいだったか???ゆったり座る事が出来た記憶がある。

パリのリヨン駅に着いた。迎の車はシトロエンのC-25という車で、運転手は昔第4外人連隊で教えたポーランド人の伍長であった。彼も僕に気がついて挨拶を交わした。彼は第1外人連隊に配属になり、運転手として、「ノジョン要塞」に配属になっているらしかった。海外派遣の苗の宿泊は「ノジョン要塞」になっていたので、全く懐かしいという感情は湧かなかったが、彼のC -25に乗り込み、一路「ノジョン要塞」へ向かった。

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