B 227  最後のChef

1991年7月20日(土)

僕が新兵の頃の小隊長のルジュン中尉が小隊を離れることになった。なんだか寂しかった。僕が伍長訓練の時に第4外人連隊でクリスマスを迎えたけれど、わざわざクリスマスプレゼントを伍長訓練学校まで送ってくれたのはルジュン中尉であった。演習などで使うヘッド・ランプであった。それはいつか買おうと思っていたものであった。僕が軍曹になっても愛用品のランプであった。バッテリーは9Vの電池より大きい4角いやつで連隊の売店ではなかなか手に入れることができず、それを手に入れるのは大変であったけれど、必ず背嚢に入れておくべき装備品の一つであった。

 

その夜はルジュン中尉の家に小隊全員が呼ばれ夕食というか軽食を食べながら話をするということであった。

僕ら小隊の兵士は中尉の家は知らないし、車を持っていないので、小隊のイギール軍曹とベッケ軍曹がアヴィニョンの駅まで迎えに来るということで話がついた。アヴィニョンの駅まで私服に着替えた僕らが集まると、2人の軍曹のクルマに分乗した。僕はイギール軍曹のオペルに乗せてもらいルジュン中尉の住んでいる家へ向かった。

家へ着くと、庭にデカいテーブルがあり、軽く摘める軽食や、「クローネンブルグ」のビールが山ほどあった。まず乾杯ということで各自ビールを手に取り「みんなよく来た!」と中尉の一言があってみんなで勢いよくキャップを開けた。それから各自ワイワイガヤガヤ始まった。会話はどうしても湾岸戦争の話ばかりで僕は着いていけなかったけれど、いろいろ裏話など出てきて楽しかった。結構早い時間にお開きになったのだが、週末ということもあり、僕ら兵士たちは何処に行こうかという話ばかりだった。ボードリーが酔っ払って、表にある玄関先の芝生に倒れ込んだりいろいろあったけれど、楽しいひと時を過ごす事ができた。再び軍曹たちのクルマに分乗してアヴィニョンの駅まで行って解散となった。

 

普通のサン・シール士官学校を出た士官は大体連隊を離れるとフランス北西部にあるAnger(アンジェ)

にある上級工兵学校に配属になり、そこで学び直し、中隊長になって何処かの連帯に配属になるのだった。外人部隊とはいえ、士官のほとんどはサン・シール出なので、外人部隊での2年の勤務が終わるとフランス正規軍に戻る連中が多い。このルジュン中尉もフランス陸軍上級工兵学校へ配属になるという事だった。僕が軍曹になった時、この工兵学校で大尉に進級になったルジュン中尉に会った事があった。僕は軍曹としてC T-1(Certificat Technique1Degré=軍事技術証明第1段階)をやっている最中だった。軍曹にとって必ず必要な資格で、外人部隊の他、正規軍の下士官連中も勉強に来るのだった。その後、ルジュン中尉は中佐まで進級した時に副連隊長で連隊に戻ってきた。僕が外人部隊を除隊する時には連隊長であった。なので僕が新兵でいた時の最初のChef(シェフ=長、この場合は小隊長)、僕が曹長に昇進して、そして除隊をする時は最後のChef(この場合は連隊長)であった。いつも顔を合わせると、気軽に挨拶を交わしてくれ、僕らE O D(爆発物処理班)の仕事をよく理解してくれている士官の一人であった。

 

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