B198 行軍の時は何があっても最後まで歩け!

1990年11月28日(水)

午前中に医務室へ行ったけれど何も言われなかった。その事をレイ曹長に報告すると、すかさず中隊長と面接だ!と言われた・・・。行軍の時は何があっても最後まで歩かないといけない。さもないとサボっていると見做される。僕もそう思われたのだ。下手をすると連隊に送り返される。最低でも「コンシニエ(雑用)」だ。怪我などしてもこれでは迂闊に医務室なんかへは行けないのだ。今更後悔しても仕方がない。しかし大変な事になってしまった・・・。

 

1990年11月29日(木)

午前中は駆け足だった。そのあとは自習であった。午後は「パルクール・ド・コンバッタン」と拳銃の射撃であった。なんと僕だけが9発命中でレイ曹長に偉く褒められた。中隊長との面接のことで少し気分が沈んでいたけれど少し気持ちが和らいだ。だからと言って何も良くなったことは何1つなく、ただ明日の面接を待つだけだ・・・。

 

1990年11月30日(金)

昼過ぎに給料を受け取った。そのあと制服に着替え中隊長のところに出頭した。氏名などを申告した。中隊長の大尉は一言も言わずただ「10日間のコンシニエ(雑用)」を命じられた。そのやり方に少し腹が立ったけれど、連隊に送り返されるよりはまだマシだったのでちょっとだけ良かった。

 

1990年12月1日(土)

食堂でも雑用。夜は酒保に行く事が出来たので少しゆっくりできた。

1990年12月2日(日)

一日中ゆっくりしていた。自習室へ行ってノートを同僚に見せてもらって写したりした。

1990年12月3日(月)、12月4日(火)

今朝は水泳があった。前回より時間があったので思い切り泳ぐ事が出来た。しかし外はものすごく寒い。一日中教室で授業を受けた。

 

1990年12月5日(水)

昼過ぎ、数学の授業があった。意外と多くの者が計算の仕方を知らずレイ曹長は困っていた。割り算の表示の仕方が日本と違っていて少し戸惑ったけれど、内容自体簡単だったので少し思い出すだけで良かった。

午後は8000TAP(8キロの駆け足)があった。昨日ゆっくり寝て体調はまぁまぁだったけれど、まだ踵が痛いので用心だ。4キロの折り返し地点までがとても長く感じられたけれど、体の調子はいい。くらりはペースを少し上げて46分で走り切った。夜は疲れてすぐ眠った。

 

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