B098 小便がちびる「ロープ降下訓練」

1989年8月24日(木)

朝集合前に医務室へ診断に行くものは終盤事務室前に集合して申告するのだが、今日の診察はないと言われたので、急いで戦闘服に着替えて小隊に合流した。今日は「師団」(連隊の上の組織)の偉い人が来ると言うので上官たちは何かそわそわしている様だったけれど結局何も起こらず午前中はほとんど何もしないで終わった。

午後は、中隊裏の体育館脇にある10メートルほどの高さがある給水塔からのロープ降下だった。その前に、「アセンダ・デバイス」というグリップで、2本垂直に強く張られたロープを登るのをやってみた。力の入れ具合がわからず最初は苦労したけれど、慣れると意外とスイスイ登る事が出来た。

 

次はいよいよ給水の上からのロープ降下だ。直前に地上で安全の為と、降下に使う「8の字リング」別名「エイト環」と呼ばれるものを腰の前に付けて給水塔を登った。上には中尉がいて、命綱をつなぐ様に指示された。それから「8の字リング」にロープを通した。左手は命綱を結んだところを握り、右手の降下用ロープを上下させて降下したりストップさせたりするのだと説明を受けた。「生まれて初めてにも関わらず初めからこの高さでやるのかよ!」と思ったけれど、もう給水塔に登ってしまったので、今更地上まで梯子で降りるわけには行かなかった。酷く怖かった・・・。  でも、自衛隊の頃から一度はやってみたいと思っていた事なので、今がその機会なのだと自分に言い聞かせた。

給水塔の端までゆっくりと後ろ向きで下がっていく・・・。中尉が「そのまま体を倒せ!」と言った。生まれて初めてなのにそんなに簡単に出来る訳がない・・・。そのまま後ろ向きで体を倒したら落ちるのではないかと言う恐怖で少しのあいだ体が固まってしまった。よく「怖くて小便をちびらせる」と言うけれどそれはこんな時なのかなぁ・・・と思ったのが強く記憶に残っている。命綱を握る左手に一層の力が入った。だからと言って何も起こらないのだが・・・。

descend rapell
写真はイメージです

右手に握った降下用のロープを少しずつ上の方に動かし緩めて体を後ろに倒してゆく・・・。水平になるぐらい体を倒したところで中尉が「そのまま降りていけ!」と言った。でもどうやってだよ!と思わず日本語が出そうになったけれど、右手のロープの操作の仕方を思い出しながらゆっくり降りていった。3メートルぐらい下がった所から足を着く所が無い。宙ぶらりんになって、それでも右手のロープ操作を続けてなんとか着地した。手袋がなかったので右手が熱かった。仲間がみんな見ている。カノ・シルバがふざけて拍手してくれた。「何だ、何て事ないじゃ無いか!」それが感想であった。と言うより面白いと言うか、楽しかった。コツは分かった。今日は手袋なしでゆっくり降下したのだが、本来は革製の手袋をする。さもないとロープとの摩擦で手が火傷をするし皮も剥けてしまう。みんな何も言わなかったけれど知らないのか???

跳躍と共に右手の降下用ロープを緩めると、映画のように上手くシューッと降りて壁にストンと着壁する。なんだ、難しく無いじゃないか!2回目の時はアクション映画の主人公気分であった。それ以来ロープ降下は好きな訓練の一つになった。

今回のロープ降下訓練は、10月に中隊で「コマンド訓練コース」に行くと言う予定が出ているので、その手始めの訓練のようだ。「コマンド」とは、比較的少人数で、偵察や敵地後方に侵入して破壊工作を行う。フランス軍では、戦闘部隊ならば必ずと言って良いほど参加する訓練だ。歩兵連隊の分隊長の軍曹などは必修科目で、かなりキツいと言う話を聞いた。僕らは工兵連隊なので初期過程の訓練コースという事だけれど、それなりにキツいだろう。

 

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