B119 涙の格闘訓練テスト

1989年10月14日(土)

朝予定通りにトラックが迎えに来た。要塞に戻り、急いで装具を置いて熱いコーヒーを求めて食堂に突撃した。

午前中は徒手格闘の訓練だ。月曜日に試験なので、残りのテクニックを急いで覚えた。心なしかみんな動きが鈍い・・・。

格闘訓練の後は火炎瓶の作り方や、工兵部隊では教えない爆薬を使った木の倒し方などを学んだ。工兵は正規の装備品での作業は覚えるけれど、ここはコマンド訓練コースだ。必要最低限の物や有り合わせの物で最大の効果を上げなければならない。

午後は少し武器手入れをしてベッドに倒れ込んだ・・・。

夜はトルコ人の1等兵エルドガンと酒保に行こうという事になりビールを飲みながら訓練の話をした。彼は小さくて年も結構行っている様に見えたけれど落ち着いていて僕とは仲が良かった。彼もロペスのことは嫌いみたいで、二人でひとしきり奴の悪口を言い溜飲を下げた。軽くの予定だったけれど、ロペスのせいで盛り上がり結構飲んでしまった・・・。

 

1989年10月15日(日)

8時朝食。ゴロゴロ。PM制服にアイロン。夜ビトウさんと飲む。

 

1989年10月16日(月)

今朝はいよいよ格闘の試験だ。1キロほどのコースを出てくる敵を倒しながら進む。教官の曹長が移動中いきなり「伏せ!」「そのまま匍匐!」など命令する。「立て!」の号令で立ち上がり駆け足で進む。そんな感じで移動するので、息をする時に思わず声が出てくる。突然敵が現れて今まで習ったやり方で敵を倒す。そしてまた移動・・・。最後は敵を何人倒せるかだった。まず敵の歩哨に足音を消して近づく。短い紐を後ろから首にかけて背負う。そいつを倒して次はどこからくるかと思ったら脇の崖に垂れ下がっている鎖を登れと言われ登ろうとしたところを背後から来られて羽交い締めにされた。それを習ったやり方で振り解き一撃を加える。4人目の敵でついに潰されてしまった。終了の号令がかかった。なんとか立ち上がった僕に教官の曹長が近づいて来て「c’est bien Japonais! c’est bien !」「よくやった 日本人!よくやった!」と肩を抱いて褒めてくれた。中尉も傍にいて「c’est bien !」を繰り返してくれた。なんだかわからないけれども感情が昂っていて涙が溢れてきて堪えるのに大変だった。僕はもうヘロヘロであった・・・。

 

この試験の時の敵役は管理小隊の連中が務めたのだけれど、打撲数名の他に腕の骨折が1名のけが人が出たという事だった。防具を付けていたにも拘らずである。それだけこの試験は皆本気で当たったという事だろう。

 

夕方最後の戦闘行軍に出発する。17時に集合してトラックで2時間ほど移動した。日が沈んで行軍開始。湖をボートで渡り山をにぼって頂上付近の藪の中の野営地に着いた。僕は60メートルの降下用のロープと爆薬代わりの1キロのコンクリートを2つ持たされた。おまけにレーションが入っている。あれだけ軽くした背嚢なのに背嚢ではなくて誰か人を背負っている様な重さであった・・・。

 

読んでくれた人、ありがとう

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