1989年8月22日(火)
そのあとは、連隊プールで水球をした。浅い所でも1メーター20の深さがあった。僕は中尉とハンセン伍長がいるチームになった。敵チームは背の低いドジェイ軍曹がいた。ガタイのいいハンセン伍長はわざとドジェイ軍曹の近くにいて、ゴール付近にいるドジェイ軍曹にパスが行くと、ドジェイ軍曹を思いっきり持ち上げて頭から水の中に落とすのだった。3回目ぐらいに流石にドジェイ軍曹もそれに気付いてハンセン伍長の事を睨んで罵倒した。でもハンセン伍長は「軍曹!ディフェンスですよ!ディフェンス!」と涼しい顔だったので僕らのチームのみんなは試合中「ディフェンスもっとやれ!」と言って腹を抱えて笑った。同じチームの中尉も何も言わないで笑っていた。おかしかったのは、ドジェイ軍曹のチームもなんだかんだ言ってあまりドジェイ軍曹の事は好きでは無いので、わざとハンセン伍長にやられて水の中に頭から落とされる様に何度もドジェイ軍曹にパスを渡す事だった。そのせいでドジェイ軍曹は何度も水の中へ突き落とされる羽目になるのであった・・・。
短い時間だったけれど水球は激しいスポーツなので、今朝の駆け足もあったしクタクタだった。
夕食後、中隊のTシャツに戦闘服のズボン、半長靴で集合させられた。今朝の駆け足が遅かった連中だった。400メートルトラックを10周も走らされた。おまけにタイムも測っている。明日朝も同じ服装での駆け足だと言う事だ。がっくりした・・・。何度も水に突き落とされたドジェイ軍曹の差し金じゃ無いかと噂になった。
1989年8月23日(水)
10キロは走っただろうか?足が上がらなく、左膝が痛くて思うように走る事が出来なかった。昼ごろハンセン伍長に、「明日の朝医務室で診断を受けろ!」と言われた。けれど医務室に行ったところで何か良くなるのかと疑問しかなかった・・・。
今日の午前中は地雷原の作り方を教室で、午後は実際に屋外でやってみた。この間「CTE04」でやったことばかりだったので、別に何も問題は無かった。
夕方はミニサッカーだった。僕は相変わらず「両足が左」であったけれど、どう言うわけか最近は中尉のチームになる事が多かった。チーム決めは、中尉がまず一人目を指名する。その次がドジェイ軍曹。そうやって交互に選んでゆく。うまいやつからどんどん指名されていくのはプロ野球などと同じだ。僕は下手くそだから最後の方なのだが、一番最後という訳でもなく中尉に指名されるのだった。この間の水球もだ。気に入られているのか悪さをしない様に目をつけられているのかはわからない・・・。
夜は、ビトウさんが日本から送って貰ったと言う月刊誌の「Gun」や「COMBATマガジン」を貸してくれたので、おとなしく部屋で読んでいた。あの事件以来酒保に行くのが面倒になりここ2、3日ビール抜きだ。でも別に飲まなくても平気なのは少しは反省しているのか???
読んでくれた人ありがとう