B120 行軍中の「水戸黄門」

1989年10月17日(火)

8時起床。10時頃までゴロゴロして山を下った。再び藪の中へ入り夕方まで待機した。ここから全て夜間行動なので、日中はどこかで隠れていないとならないのだ。20時に橋の爆破任務開始。22時頃完了。脱出のために行軍を開始した。なんと3時までずっと歩き詰めだった。もう倒れるのではないかというぐらいだった。

 

1989年10月18日(水)

8時起床9時出発。2時間ほど森の中をウロウロして夜までの待機場所に到着した。しばらくして第3小隊の連中が通った。シャルトンがいたので「ça va ?」(サ・ヴァ?元気か?)と声を掛けると返事は彼のがっくりした顔だった。今夜も行軍がある。疲労の極限だった。ふと、自衛隊のレンジャー訓練とどっちがキツいかなぁなどとぼんやり考えてしまった。テレビで見たことはあるけれどどっちがきついか答えが出るはずがない。水のないのは問題だった。

17時に出発した。以前やった谷にロープを張って滑車を使って渡る装置を作る作業をして他の小隊が来るのを待った。21時過ぎに第2小隊第3小隊僕ら第1小隊全ての人員と装備が谷を渡った。そして最後の行軍が始まった。誰かが目的地まで6時間ぐらいと言っていたので海よりも深く沈み込んだ気分になる。足取りは重い・・・。

でもさっきの谷間をロープで渡る装置で僕の持っていたロープを使ったので背嚢は信じられないぐらい軽くなった。2、3キロメートルほどの登り道をノロノロ進んだ。

 

小さな村の教会の脇で休憩した時だった。シュラバース軍曹もタバコを吸うのだが、それを分隊員に向かって言った。「うちの分隊はみんなタバコを吸うんだなぁ!」みんなで頷いたり言葉を交わしていた時に近くでこれも休憩していたチビでうるさいドジェイ軍曹が疲れてイライラしている時のいつもの口調で「お前の分隊を黙らせろ、新米軍曹のくせに!」とイチャモンをつけてきた。シュラバース軍曹は別に慌てもしないで「お前の方こそ黙れよ!」と言ったきり全く気にしていない様子でタバコを吸っていた。分隊全員なんだか悪党にやり返した気分になりスカッとした。あの「水戸黄門」を見終わった時の様な感じである。

休憩後、山道を何度も登ったり下ったりして藪の出口あたりでシュラバース軍曹が止まった。「あそこの明かりが見えるか?」と分隊のみんなに言った。「あそこが要塞のある街だ」と続けた。本当に街の明かりが見えた。後何キロだろうか?手前にまだ2、3の山が月明かりで見えたけれど街の明かりは僕にスプーン一杯ほどだったけれど元気をくれた。無理やり道の無い所を通って山を下った。コマンドの秘密の任務なので僕らは道路は使ってはいけないのだが、200メートルほど険しい斜面を登って大きな道路に出た。道路は敵役の教官たちが車両でパトロールしている。見つかる覚悟で道路をシュラバース軍曹は進む。夜明け前に出来るだけ早く訓練所のある要塞に着きたいのだ。時間を稼がなくてはいけないので道路を進んだ。民間の車のライトが見えると道路脇に隠れた。一度は軍のトラックの車列に発見されそうになっただけで何と午前2時半に訓練所にたどり着いた。要塞の門をくぐり抜け隊舎の前に並んだ時は「やっと終わった!」ただただそれだけだった。武器をしまって部屋に戻りロッカーに入れておいた小さなカップケーキやビスケットを頬張った。そして熱いシャワーを浴びた。他の小隊はまだ戻って来ていない。一足早く皆ベッドに潜り込んだ・・・。

 

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9月終わり頃から皆さんに読んでもらったり沢山の「いいね!」やフォローをいただき感謝しています。ありがとうございました。日記帳に使った小さなノートはあと4冊も残っています。頑張ってもっと読みやすいブログを目指していきますので、2020年もよろしくお願いします。皆さん、健康に気をつけて仕事、学業、遊びなどいろいろな事を頑張りましょう。感謝の心を忘れずに笑顔で過ごしていきましょう。