B026 1989年2月25日(土)〜 小隊にて その1 ズッカーフェルド中尉の小隊

5時起床。ひどく眠い。空は曇っていて今にも雨が降り出しそうであった。小隊には僕らを迎えに来たルアール伍長の他にも3人伍長がいた。フランス人のラフォン伍長、カナダ人で軍曹訓練コースに行く予定の第2外人落下傘連隊から来ているマクナマラ伍長、そしてもう一人は、新兵訓練の成績が優秀だったので、そのまま小隊に残り、伍長に付いて仕事の仕方を覚え、暫くしたらすぐ伍長訓練コースに送られる事になっているポルトガル人のフェレイラ見習い伍長であった。カナダ人のマクナマラ伍長とは25年後に同じアメリカの会社の契約でソマリアにおいて一緒に仕事をする事になる。

ラフォン伍長が日番の時は、彼もタバコを吸うので、食事の後隊列を組んで中隊に帰った時に僕らにもタバコを吸う時間をくれた。他の伍長達だと中隊に着くなり「小隊廊下に集合!」とすぐ命令を出されるのでゆっくりなど出来ない。

フランス語の簡単な授業が始まった。まず小隊長など上官の前に立った時に言う氏名、階級、勤続年数の言い方を教わった。僕らはまだ正式な外人部隊兵ではないので、「志願兵何某、勤続1ヶ月、第3中隊、ズッカーフェルド中尉の小隊」と言う風に言わなければならなかった。我々は第3中隊の第2小隊、ズッカーフェルド中尉が小隊長であった。下士官以上に向けての申告の仕方なのだが、「à vos ordres」というのを最後につけるのも学んだ。時代劇で殿様とか上の人に向かっていう「御意に!」という意味だ。

フランス人が先生になって、発音などを教えてくれた。また外人部隊の他の連隊についても、どこの連隊がどこに位置してどう言う種類の連隊なのかなど詳しく教えられた。

階級章の見方と呼び方も教わった。下士官の「Adjudant」(曹長=上級下士官)以上の全て上の階級は、呼ぶ時には「〜殿」とつけると言う事だった。伍長、上級伍長、軍曹、上級軍曹までは「はい、軍曹!」で済むけれど、曹長には「Oui mon Adjudant !」(はい、曹長殿!)と言う風に答えなければいけない。上級軍曹(Sergent-Chef)の呼び方も独特で、通称「Chef」(シェフ)と略して呼ぶと言う事も習った。

日本と違ってフランスでは間違っても料理人の事を「シェフ」とは呼ばない。Cuisinier(キュイジニエール)とか Cuistot (キュイスト)とか呼ぶ。

「料理長」Chef-Cuisinier (シェフ-キュイジニエール)を誤った解釈で略して日本では料理人の事を「シェフ」と呼んでいるのではないか?フランスのレストランではただ単に「シェフ」と言っても誰の事だかレストラン側は戸惑う。

統括責任者のマネージャーが来るかも知れない。ちゃんとChef-Cuisinier (シェフ-キュイジニエール)またはChef-De -Cuisine(シェフ・ドゥ・キュイジンヌ)と言わないと通じないことが殆どだ。

フランスでは「Chef」(シェフ)が付くのはある部署の責任ある役職の場合である。それが小隊長ならば「Chef de Section」(シェフ・ドゥ・セクション)と言う風になる。

また敬礼は士官、下士官にするだけでよく、自衛隊のように1ヶ月先輩だからといって陸士同士で敬礼し合うと言う無駄な事は無い。自分の小隊なり中隊の上官である士官や下士官にすれ違う時は朝の一度敬礼するだけでよく、二度目からは敬礼しなくてよい。上級伍長以下には敬礼しなくても良い。

外で基本教練も始まった。まずは「気を付け」、「休め!」の姿勢からであった。自衛隊の場合は顎を引いて、手は握るのであったが、フランス軍では顎を高く上げ、両手の平は開いて指をきちんと揃えて伸ばす。

方向転換、「右向け、右!」などは自衛隊と一緒であったので僕にとっては楽だった。あとは号令を聞き間違う事さえなければいいだけであった。何しろ全部フランス語だ。これはマクナマラ伍長が担当だった。ゆっくり喋ってくれるので助かった。何人かは全く軍隊経験が無いらしくなかなか上手く出来なかった。僕は体の動きより耳に集中した。

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