B047 1989年4月19日(水)勤務中隊 2 ブロン伍長とアイロン

今日は衛兵勤務や食堂の雑用、士官食堂や下士官食堂の雑用で小隊は殆どいなかった。僕と他2名がフランス語の授業の教材として使うであろうビデオを中尉の指揮で撮るのを手伝った。午後も少しビデオの手伝いをしてあとは暇だったので部屋で寝ていた。右胸は咳やくしゃみの時は痛みが走った。明日医務室へ行けという命令だった。ただ連隊の医務室は新兵に対して厳しいのでまた「異常なし!」と言われるのがオチだろう。サボる奴が多すぎるからなのだがちゃんと診て欲しいものだ。

1989年4月20日(木)外人部隊音楽隊

              午前中は医務室へ行って潰れてしまった。5日間朝と夕方医務室へ来いという事だった。小隊のほとんどはレイサックに訓練で行っているのでいない。僕の他何人かは選ばれて今日の夕方「ニーム」(フランスの南部に位置する都市で、ガール県の県庁所在地)へ外人部隊音楽隊の演奏を観に行く事になっていた。なので制服を準備していた。

連隊のバスで3時間半かけてニームに着いた。街の中心にあるローマ時代のコロシアムが会場であった。演奏は素晴らしく見事な隊列がいろいろな形に変化したりと目を見張る事の連続であった。僕たちは遅れてついたので既に始まっていた。音楽隊の他に、ここニームに駐留している第2外人歩兵連隊の兵士達が昔の兵士の格好をして当時の戦闘の風景を再現していた。コロシアムには一般の人々の他に、他の外人部隊の連隊からも観客として来ていたので、すごい人であった。最後に外人部隊の有名な「ル・ブダン」とフランス国歌の演奏で幕を閉じた。とても素晴らしい演奏であった。

1989年4月21日(金)アイロン

              明け方4時過ぎにカステルノダリーに着いた。1時間ほど眠ってすぐ起床だった。今日も小隊は衛兵勤務や食堂の雑用などで残っているのは僕を入れて3人しかいない。朝は中隊の一階にある中隊事務室や週番当直室などの掃除をした。だいぶ右胸の痛みは和らいで来ているが、寝たり起きたりする時の中間姿勢が少し辛かった。

午後は夏服のアイロンのかけ方をブロン伍長から習った。胸のポケットの幅は14センチで、ポケットを半分に折りその上にまず垂直の折り目を入れる。残りは両側それぞれ幅7センチの幅が残っているのでさらに半分に折ってポケットの上に垂直に折り目を入れる。最初の中心線の両側にやることになるので都合3本の線が3,5センチ幅でポケットの上に出来る。

背中は肩の縫い目のところをまず横いっぱい折ってアイロンを当てる。その下に5,2センチの幅でもう1本横にアイロンを当てる。横線2本の下の方から下に向かって真ん中に折り目を付けてアイロンを当てる。中心線が出来たならばその両側に一本ずつ5,2センチの幅で折り目を入れてアイロンを当てる。横2本。横の2本目の線から下に縦線が5、2センチ幅で3本。次に袖だ。袖も5,2センチの幅の線を2本アイロンをかけなければならない。だいたい階級章の幅だ。ブロン伍長が手本を見せてくれる。流石に手際がいい。だが僕たちは生まれて初めてアイロンを触る奴もいるぐらい全くアイロンに馴染みがないので悪戦苦闘であった。一応それっぽくなった所でブロン伍長が「折り目の裏には石鹸を塗るんだよ」と教えてくれた。やってみると石鹸が溶けて蝋の役割をするので、アイロンを離した途端に固まり、アイロンをかけた所はまるでナイフの様に綺麗な線になった。しかし慣れないので自分の夏服1着にアイロンをかけるのに1時間もかかった。慣れると新品のシャツに20分もあれば綺麗にアイロンで線を入れる事が出来る様になる。

 

 

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