いつも通り夜の点呼が終わりブロン伍長が明日の訓練内容を読んでいるのだがイマイチ分からなかった。部屋に戻った時周りに聞いたけれど周りもイマイチ分かっていない様だった。同じ分隊で隣の部屋のモーラスが聞きつけてやって来た。なんでも下士官達の上級訓練コースの手伝いという事だった。なので忘れ物が無いように背嚢や装具を準備した。
翌朝、戦闘服に装具をつけ、背嚢を準備したのち武器庫で銃を受け取りトラックに乗って全く知らない、でもレイサックに似たような古い農家といった場所に着いた。ここの訓練所は管理者訓練中隊(伍長、軍曹訓練コース、小隊長基礎コース)が管理している「Bertrandou」(ベルトランドゥ) という野外訓練所であった。今回僕たちは1個小隊丸々彼らの小隊長基礎コースに貸し出されたのであった。訓練生は軍曹が中心で何人かの上級軍曹もいた。軍曹になって2年経つとこの訓練コースに送り込まれる。この資格を取らないと上級軍曹にはなれない。すでに上級軍曹になっている連中は軍曹としての勤務成績が優秀な奴が多い。一度失敗しても3回まではコースを受けることが出来るのだが、それにも落ちて除隊まで軍曹のままというのが結構いた。上級軍曹でもコースを落とすものが結構いた。
このコースは歩兵だけのものでは無くて、事務方、騎兵、工兵、車両のメカニックなど全ての職種の軍曹は通らなければならない関門であった。
外人部隊の給料明細には「INF/LE」と兵科の所に書いてある。これは「Infanterie/Légion Étrangère」(歩兵/外人部隊)の略で、事務方でも騎兵でも工兵でも車輌のメカニックでも全ての外人部隊兵はまず第一に歩兵であるという印であった。いざとなったら事務方でも部隊兵を率いて歩兵戦闘を行わなければならないという事である。正規軍の場合は工兵なら「Génie」(工兵)と書いてあるので、工兵の仕事をすれば良い。なので外人部隊のこの小隊長基礎コースでは本格的な小隊長としての歩兵戦闘の基礎を学ぶ。僕は工兵だったのだけれど、この小隊長基礎コースの後に「工兵小隊長上級技術資格」をフランス陸軍の上級工兵学校で取ったのだが、依然として給料明細の兵科の所には「INF/LE」と記載してあった。
訓練生の下士官達が各自順番で小隊長の役をやり命令を受けて小隊の指揮をとり各分隊に指示を出す。
僕等は3つの分隊に分けられて彼らの指揮下に入った。彼らは地図を片手に携帯無線機でやり取りをしている。国内の外人部隊の連隊から来ているバリバリの軍曹達を見るのは初めてであった。移動は全て駆け足であった。ある地点に着くとそこで素早く警戒態勢を敷く。そしてまた移動して攻撃体制に入る。そんなことを一日中やった。僕たちはいわゆる訓練のための駒であった。昼はレーションであったが新鮮なパンも配られた。
午後も引き続き同じように戦闘行動の繰り返しだった。駆け足で移動中木の根っこか何かにつまづいて頭から勢いよく転んでしまった。その時に右胸に強い衝撃が走りかなり痛かった。すぐ起き上がって他の連中に続かなければならなかったので、何にぶつかったのかは見ている暇はなかった。石だったのか飛び出している木の根っこだったのか正確には分からない。治るまで数週間かかった。
最近、携帯式89ミリロケット砲の取り扱いの訓練が増えた。近々ロケットの実射がある様だった。僕は自衛隊で「カール・グスタフ84ミリ無反動砲」というロケット砲の副射手をしていたので凄さは知っていた。なのであまりいい感じはしなかったけれど訓練だし正式装備なので覚えなければならない。何しろ音と爆風が凄い。特に後方へのガスの射出ガスが砂や小石を巻き込んで埃だらけになる。
それと並行して手榴弾の取り扱い訓練もやっていた。安全ピンの抜き方や投擲の仕方だ。小学生の時は野球少年だったお陰で皆んなより遠くへ投げる事が出来たしコントロールも良かった。ただ、右胸のところの痛みがまだ抜けていなくて手榴弾の投擲は6割の力しか出なかった。
読んでくれた人、ありがとう。