B017 「ゲシュタポ」

4階の階段のところにベンチがあり、そこに座って待った。そして何人かが終わって階段から廊下に入る扉を開け今度は廊下で待たされた。やっと僕の番が来た。名前を呼ばれて事務室に入った。事務室の中にはタイプライターを前にした上級軍曹(Sergent-Chef)と、脇のデスクには通訳として呼ばれた上級伍長のキムラさんがいた。キムラさんがいきなり英語で「Sit down!」と言ったので面食らっていると「あぁ!ごめん、ごめん、座りなさい、座りなさい!」と改めて日本語で言ってくれた。キムラさんは数カ国語を話すそうである。

上級軍曹の前に座る。まずパスポートに書かれている事が正しいか聞かれた。生年月日、出身地などだ。それから小学校から今までの学歴、卒業後の事、家族構成、自衛隊についても詳しく聞かれた。どこの何という部隊でどこにあったのか、どういう兵科でどんな仕事をしていてどういう技術を持っているかなどだった。

そして一番肝心な質問。「どうして外人部隊に志願したのか???」

僕は答えに困ってしまった。なぜなら自分の勝手な思い込みでやって来たのだから。しばらく考えて「軍隊の様な所が好きだから」と答えた。タイプを叩いている上級軍曹もキムラさんも別に変わった反応を示さなかった。ありふれた志願動機だからであろう。キムラさんに「ここは雑用などいっぱいあるし、5年間は辞められないよ?」と言われ、続けて「考え直す気はないかね?」と聞かれた。しかし「外人部隊」に入るためにわざわざ来たのだから「入隊したいです!」と答えた。

そして最後に両手のすべての指紋を取られた。その時は自分では気が付かなかったが、キムラさんに「どうして君の指は指紋がないくらいボロボロなんだね???」と聞かれた。考えて見れば、ここ2、3日前から、手が真っ赤になり酷く痛くて掌の皮が薄くなっていた。食堂での雑用ばかりだったので、そこで使っている「強い洗剤」のせいで手の皮膚がボロボロになっていたのだった。指紋を取り終えてそれ以上は何も質問はなかった。

事務室を出て何気なく腕時計を見ると2時間半以上経っていた。あまりの矢継ぎ早の質問に時間の過ぎるのが全く分からなかった。今日のこの調査で入隊出来るかどうか判断するのかな?何人かはおかしい所があるのか2度3度とここに呼ばれた。僕はこの一度だけで、あとはいつも通り雑用に駆り出された。この時、僕には「偽名」は与えられず「オイカワ」のままであった。

ただ、この本名である「オイカワ」が偽名扱いになるという事がわかるのはかなり後のことである。

                                          読んでくれた人、ありがとう。

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